さて2009年のF1シーズンが開幕しました。 いや、開幕してしまいました、という表現の方が感情的には正しいのかもしれません。 個人的には主役不在のF1グランプリ。 人間、自分に都合よく我侭にできているもので、佐藤琢磨が颯爽とF1のステージに登場してくる前までは、日本人が仮に出ていなくてもそれはそれで充分に楽しめていたはずなのに、佐藤琢磨が出ていないというだけでこれほどに開幕が待ち遠しくなく、しかもあっけなく通過していったことがあったでしょうか。 つまりは自分の中でそれほどに佐藤琢磨というドライバーの存在感が大きかったという事実を、グリッドに佐藤琢磨の姿がないという事実に直面してみて、あらためて再認識したということなわけですが、それにしてもこれほどに大きな虚無感に苛まれるとは思ってもいませんでした。 もっともそんな虚無感を抱きながらもF1を生中継で見てしまうあたりは、やはり自分はモータースポーツが好きであり、F1が好きなんだなということも何気に再認識してしまったというのがオチなわけですが、皆さんはどのようにこの開幕戦を迎えられたでしょうか。 さてそんなこんなで開幕戦をTVを通して観戦し終えた私は、目の前の結果に笑ってしまっていました。 楽しかったのでも、嬉しかったのでもありませんが確かに笑ってしまっていたのです。 あまりにも複雑な思いに恥ずかしながらいまいち自分でも消化しきれてないのですが「笑うしかなかった」というのが正確なところでしょう。 私を複雑な心境にさせたのは、想像のついた方もいらっしゃるかと思いますが、ブラウンGPの開幕1・2フィニッシュと、数十年ぶりの偉業と賞賛を受けているまさにその現場に影も形もなくなったホンダに関することです。 ロス・ブラウンによるマネジメント・バイ・アウト(ホンダは違うと主張していますが、これは間違いなくMBOに他なりません)が発表されたのは開幕戦より遡ること確か1ヵ月半ほど前だったと記憶していますが、表向きには一時は消滅か継続かすらはっきりとしていなかったチームが、ポッと出てきて予選から決勝まで1位、2位を独占する完全勝利を演出して見せたわけですから、それを偉業と言わずしてなんとするかという意見には反論の余地もありません。 ブラウンGPの持ち込んできたシャーシは、言わずと知れた旧HRF1において製作されたシャーシ。 同チームが2008年シーズンを捨ててまで、それこそ1年以上の長きにわたりリソースのすべてを注ぎ込んで作られた、本来であればRA109の型式名が冠されて陽の目を見る予定だったホンダのマシンです。 このホンダエンジンを搭載することを前提に製作されたマシンには、救いの手を差し伸べたメルセデスのエンジンに急遽換装がおこなわれ、ほんの少量のテスト走行を経たのみで実践投入されたばかりか、他を圧倒する脅威のスピードを発揮。 そして最終的には驚くべき信頼性までも見せ付けて開幕戦を制してしまったわけですから、やんやの大騒ぎになるのも無理はありません。 しかしながら冷静に考えてみれば、開幕戦の時点においてチームの名称は確かに変わったはいるものの、元を正せばブラウンGPはHRF1そのまま。 施設やドライバーがそのままであるというだけでなく、今となっては名前を出すのも憚りたくなるフライCEOがリストラ策を公表したのが開幕戦終了後であったことから鑑みて、チームスタッフもそのほとんどが引き継がれていた状態であったと言って良いでしょう。 チーム名の他に異なるのは、ホンダエンジンではなくメルセデスエンジンが搭載されていることのほか、これをメンテナンスするためにメルセデス側より送り込まれたスタッフが入れ替わっていたという程度で、逆を言えば他は何も変わっていません。 そういう意味では、ブラウンGPはまったくの新興チームとは一線を隔した存在であることは皆さんもご承知のとおりです。 そんなブラウンGPが脅威と報じられ、ロス・ブラウンの手腕に賞賛の声が惜しみなく送られている背景には、エンジンという心臓部を換装するという大仕事を短期間でやってのけ、最良にして最高の結果を出したという事実があるわけですが、それを偉業として扱うことに関しては個人的には少々異論があります。 もちろん時間的な制約を受けたうえでの苦労は大きなものがあったこととは思いますが、現代のF1ではエンジン開発が規制されており、その中でもマシン設計に大きな影響を及ぼすエンジンレイアウトも90度V型8気筒2.4リッターNAに限定され、そのうえマシンの運動特性を左右する最低重量も95kg、最低重心高も165mmと細かく規定されています。 つまりは換装に弊害をもたらすと思われる唯一の材料としてあげられるのはそのサイズであるわけですが、同様のレイアウト、同様の重量、同様の最低重心高という枠組みの中でいくら各メーカーが技術を突き詰めたところで、同一規格に近付くことはあっても、大きな差が生まれるとは思えません。 言うほど簡単でないことは百も承知で申し上げますが、ひと昔前と比較すればそれはエンジンのバッヂのみを交換するかのごとく容易に換装が可能であったと考えるのが自然だと思うのです。 何もブラウンGPのスタッフが他チームと比較してその分野において飛び抜けて素晴らしい仕事をしたわけではない、というのが私個人の見解です。 しかしながら、ロス・ブラウンの采配に関して言えば理解を示すことのできる判断をひとつだけ下しているのも事実として挙げておかねばなりません。 それは「ホンダの研究成果をニューマシンに100%注ぎ込むこと」を断行したことです。 今更何を言っているのかと仰る方もあるかとは思いますが、ホンダの首脳陣がフライにチーム運営を丸投げしていた2007年までのHRF1においては、中本修平というホンダ出身の人物をテクニカル・ディレクターの職に置いていながらまるで機能してこなかったがために、マシンの開発、製作、そしてヴァージョンアップに至るまで、栃木研究所を初めとするホンダ技術陣の研究成果を、全体の1割にも満たない程度でしか投入できずにいたことが判明しています。 すべてを仕切っていたのはフライとフライを取り巻く旧BARのスタッフ。 チームとしてのすべての経験と技術の粋を結集してこそのF1マシンである筈なのに、そうした政治色に薄汚れた状態で生まれ出てきたマシンが勝てようはずもなく、その惨憺たる結果は皆さん既に嫌というほどにご存知のとおりです。 その悪しき流れに大鉈を振るったのがロス・ブラウンであったのは事実であり、その点については評価できるところであると申し上げておきたいと思います。 もっとも一方で1シーズンを捨てるというメーカー系チームの雇われ代表として最もやってはいけない手法を採ったのも事実である以上、今回の結果如何によってはフライおよびこれを認めたホンダ首脳陣とともに第1級戦犯となっていた可能性もあったわけで、それまでのMBOに向けての動向と合わせて考えれば、結局はその功績も相殺されて然るべきものでしかないのですが・・・。 こうした経緯によりようやく生まれ出たホンダの純血マシンであるにもかかわらず、早々にロス・ブラウンの元に里子に出され、その里親と共に賞賛の声を浴びている光景を目にする毎に、個人的には非常に残念に思えてならない事柄が頭の中に徐々に、しかし強く湧いて出てくるのを抑えることができないでいます。 ひとつには、メディアの伝え方にもよるのですが、搭載されるエンジンがホンダからメルセデスへと換装されたことによって「つまるところホンダのエンジンはたいした“モノ”ではなかったのではないか」という見解を持つ人が増えることに対してです。 ホンダの技術陣からしてみれば、第2期ホンダF1活動を経て現在まで、他メーカーに対しても、またホンダ社内に対してもそれなりの自負を持って送り出してきた自慢のエンジンであったことでしょう。 もちろんこれまでのエンジンも然りです。 しかし最強と謳われたホンダエンジンの名声も成績の低迷とともに何処かへと消え失せ、長い屈辱的な期間を経てようやく今回このRA109となるはずだったマシンに搭載されて、名誉挽回と思った矢先に突然の撤退です。 そしてそれで完全に終わりであるならまだしも、ニューマシンは自らが心血注いで開発してきたエンジンではなく、ライバルメーカーのエンジンを搭載して走り出したのです。 更には実戦を闘ってみれば完全勝利という今回の結果を受けて「やはりホンダのエンジンが駄目だった」などと言われては、ホンダの“エンジン屋”達の立つ瀬がありません。 ようやく汚名返上というところにきて、奈落の底に突き落とされてしまったエンジン屋達の心中は、察するに余りあります。 そしてふたつ目には今回の優勝に沸き返るチームの輪の中にホンダの現場スタッフがひとりとして立ち会うことができなかったという事実です。 ホンダサイドは脳天気に祝福のコメントなどをリリースしているようですが、あの会社はいったいどこまで八方美人を決め込むつもりなのでしょうか。 「ポディウムの頂点で君が代を聞きたい!」 そんな願いを込めてファンがホンダを応援してきたのは、日本を代表するメーカーとしてのチャレンジに自らの想いを乗せようとしていたからに他なりません。 他にどんな理屈もなく「日本」という強烈なナショナリズムによって、F1にチャレンジする「日本のメーカーHONDA」に対して向けられた、純真無垢な願いであったのです。 それは技術陣も、現場に派遣されたホンダのスタッフでさえも共通だったはず。 だからこそ彼らは自分の能力を発揮する場としてホンダという企業を選び、ホンダのスタッフとして「日本」を代表する決意でF1の世界に臨んでいたに違いないのです。 しかしそんな現場の思いやファンの願いを知ってか知らずか、福井社長が口にしたのはあろうことか「ホンダは世界を股に掛けるグローバル企業なので、HRF1は日本のチームではありません」という耳を疑う様なセリフです。 日本から世界に足を踏み出した以上、人、団体、企業を問わず国益を軸に据えた主張ができない者は嘲笑の対象になることはあっても、けして信頼を得る事はありません。 それは政治であろうが、商売であろうが、スポーツであろうが同じ事で、F1の世界に限定してももちろん同様なのです。 そうした首脳陣の国際感覚の“ズレ”が、フライなどという3流CEOにチーム運営を丸投げするという愚行を選択させ、母体人事にまで口を出されるに留まらず本来ならチームの軸となって働いて然るべき有能な人材を左遷へと追い込み、その成れの果てに場違いな地球環境キャンペーンなどを恥ずかしげも無く展開することに膨大な予算を割くという、あまりに愚かな決断をさせたのです。 あげく自らの身が危なくなった途端に、形振り構わず、荷物も人員さえも放り出しての撤退です。 自分たちの引起した事態への後処理すら率先してやることもないという無責任かつ見苦しい光景を見て、今後いったい誰がホンダという企業を信用したりするのでしょうか。 F1関係者のみならず、政治、経済に至るまで世界中から白い眼差しを容赦なく向けられ、かつての戦友であるジョン・サーティース氏にまで「ホンダは二度とF1に来ない方がいい!」とまで言われる始末。 そんなホンダの醜態を目の当たりにして「英断」などと思うのは、金の亡者と化してホンダに集る投資家たちと、世界の視点にいつまでたっても立つことのできない日本国内のメディアだけです。 少々話が逸れましたが、そんな不甲斐無い首脳陣に翻弄されながらも、ようやく技術屋としての力量を100%発揮できる環境を得て懸命に開発、製作まで漕ぎ着けたマシンから、無残にも社名が剥がされ、国旗が外され、エンジンまでもが挿げ替えられて走り出す様を見て、またそのマシンが驚異的な戦闘力を発揮してポディウムの頂点に君臨し、その傍らであいかわらず醜い笑顔を撒き散らして騒ぐフライの姿を見て、彼らはいったい何を思ったでしょうか。 ホンダが出したリリースのように、祝福する気持ちになったでしょうか。 否! きっと唇を噛み、歯軋りをして、声を荒げたい気持ちだったに違いありません。 現場にあって、私達ファンの求めていた本当の意味でのホンダスピリッツを継承していた彼等を思うと、正直居た堪れない思いです。 どこぞのF1専門誌で「ホンダは英国にチームを差し出したのだ」という文句を見た気がしましたが、そんな生易しいものではありません。 発言が過激に過ぎるとお叱りを受けるかもしれませんが、ホンダ第3期F1活動のうち特にオールホンダ体制になった以降に責任者足る立場にあった者たちは一人残らず「売国奴」と言って良いと私は思っています。 彼らの罪は重い。 いずれにせよ、とっくに解っていたことではありますが、今回の開幕戦を見てハッキリと「ホンダの時代は終わった」と認識できました。 願わくば今後、終わってしまったホンダを再建してくれるような力がホンダ内部から湧き上がることに期待します。 現場が死活問題に喘いでいる中、そんな戦犯である首脳陣だけが将来を保証され、とっとと栄転していく姿を見ても「仕方が無い」などと黙って指を咥えているようでは駄目なのです。 ホンダを理解する者達の中に、僅かに残された現場スタッフたちへの感謝と尊敬の念が、彼等自身の「諦め」という行為によって消え失せてしまわないことを願ってやみません。 今日からは第2戦マレーシアグランプリが開幕します。 当然のことながら、これからもF1グランプリが歩みを止めることはありませんし、私達も大望を抱いている以上歩みを止めることはありません。 今日からはそれでもそれなりに面白味の出てきたF1新時代を自分なりに楽しみ、そして「佐藤琢磨」という日本の切り札が割ってはいる隙間を目を凝らして探すことに集中したいと思っているところです。
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